石村耕治 著 規制緩和時代の私立大学運営と税財政法務
「私学助成(補助金)」は、私学運営において重い役割を演じている。ただ、現在の国家財政状態などを勘案すると私学助成の大幅な拡充は望み薄であろう。また、現行の私学助成(補助金)のあり方は、私大財務の自律確保の面で問題も少なくない。とりわけ、私学助成(補助金)を規制ツールに使った私大に対する政府規制は加重である。近年の政府規制緩和の動き、大学の自治や大学財務の自律などの視点を織り込んで考えると、今以上に国家からの私学助成の依存する大学運営には慎重を期す必要がある。
私立大学の財務運営の自律を考える場合、市場主義・市場原理の活用や税制支援の拡充なども視野に入れて、自助努力で大学運営費調達源の多様化の途を探り、学校法人の帰属収入ないし消費収入に占める経常費補助金への依存度を下げるのも一案である。仮に財テクを駆使し資金源を金融収益に求めることを広く許容するとした場合、緩和された政府規制に代わる自主規制の仕組みが求められる。もちろん、アメリカに見られるように、教育機関をはじめとした非営利公益法人一般に適用ある資金の慎重運用に関するさまざまな基準を法定するのも一案である。しかし、私大連盟のような機関が、現行の学校法人会計基準とは別途に、財テク時代にあった法人資金の慎重運用基準を自主的に定める途を選ぶ方が政府規制緩和の時代にマッチしているといえる。
また、教育関連の税制支援(タックスインセンティブ)の拡充を検討する場合には、大学法人に対する「機関支援」はもとより、もっと教育研究サービスの提供を受ける側、つまり大学法人から見れば最大のステークホールダーである学生等やその保護者などの「利用者支援」を強化する視点が求められる。
大学などを運営する学校法人の設立準拠法は私立学校法である。同法は、「社団」ではなく、「財団」をイメージしたかたちで法人制度を構築している。言い換えると、理事会が学校運営の最高の意思決定機関であり、学生や教職員は最大のステークホールダー(利害関係人)でありながらも、学校運営には直接かかわれない仕組みになっている。
たしかに、学校法人は、毎会計年度終了後2ヵ月以内に、財産目録、貸借対照表、収支清算書、事業報告書および監査報告書を各事務所へ備えておき、在学生その他のステークホールダーから請求があった場合には、正当な理由がある場合を除き、閲覧させる仕組みになっている(私立学校法47条、66条関係)。最近は、これらの財務情報をインターネットで公開する大学法人も多い。しかし、これは運営結果を開示する仕組みに過ぎない。こうした現行の学校法人制度を前提とする以上、ステークホールダーは、大学運営に異論がある場合などには、法人制度外の争訟手続ないし司法手続を通じて、学校運営への参加することを検討せざるを得ない。したがって、ステークホールダー(利害関係人)、すなわち、教職員や学生、生徒ないし児童(学生等)、さらには学生等の保護者、卒業生(alumni)など寄附金の出捐者、奨学金提供者、債券購入者など、を参加させたかたちで“私大財務の自律”を確保できる法制や手続のあり方を探る必要がある。この場合、立法政策的な視点も含めて精査する必要がある。
以上のように、大学運営資金調達方法の多様化の途を探ることは、たんに自前の運営資金確保ないし拡大をねらいとすることのみならず、私立大学の財務運営を、これまでの補助金をツールとした政府規制に代えて大学のステークホールダーにゆだねる方向性を探ることにつながる。また、税金で賄われている私学補助金の使途について、とりわけ国税の納税者(国民)からの異論も反映させられる途を拓くことも財政法学上の重い課題である。
もう一つ、私学助成(補助金)が私学への規制ツールと化している現状を変えるには、現行の機関補助の仕組みから利用者補助(教育バウチャー)の仕組みに変える途の選択も考えられる。この選択により、私学補助金を通じた大学法人に対する政府規制が緩和され、私立大学財務の自律を促す方向につながるのかなどは、とりわけ精査すべき重要な課題といえる。ただ、箸の上げ下げまで言われる現在の過重な政府規制のもとでの私大の運営のあり方に疑問すら持たない大学人がマジョリティを占めているのも現実である。また、大学設置基準等の存在が、いわゆる「学位工場(diploma mills)」の誕生や大学法人が提供する公教育サービスの劣化を防いでいるとの重い指摘もある。機関補助から教育バウチャー(利用者補助)の制度に転換したところで、アメリカ・コロラド州での“試行”結果を見る限りでは、国家の教育予算の削減だけが独り歩きするおそれも強い。加えて、大学教育バウチャーの対する新たな政府規制が出てくるおそれも強く、大学バウチャー導入への明確な理念や展望を描ける確信はない。
《論文内容目次》
はじめに
I 大学運営資金調達方法の推移
1 依存する大学運営資金からみた分類
2 わが国での大学運営資金調達方法の変遷
II 私立大学財務の現状分析
1 学校法人と私立大学との基本的な法的関係
2 学校法人と大学(学校)の運営、学校法人の会計/財務の基本
3 学校法人会計制度の基本
4 私立大学の平均的な財務状況の分析
(1) 私立大学の帰属収入の推移
(2) 私立大学の消費支出の推移
III 私立大学の運営資金調達源の多様化の課題
1 市場経済を活用し、高等教育無償化の理念の資する私大運営に向けて
(1) 私大の実例分析
(2) デットファイナンス活用の可能性
(3) 資産運用や収益事業の可能性
(a) 学校法人の収益事業用資産に対する政府規制
(b) 学校法人の資金/金融資産運用に対する政府規制
(c) アメリカにおける大学法人の資産運用と慎重人原則の展開
(4) 寄附金収入確保の課題
2 市場主義、政府規制緩和時代における「公教育」を担保する仕組みのあり方
3 大学運営資金調達における「納入金負担者」の法的所在
IV私学助成(補助金)法制の基本
1 私学補助金の分類
2 私学補助金にかかる準拠法令等(文科省関係)
3 経常費補助金とは
4 施設・装備・設備整備費補助金とは
5 私立大学等の経常費補助金(一般補助・特別補助)額の推移
6 補助金の減額・不交付の仕組み
7 経常費補助金の減額法人一覧
8 私学助成(補助金)にかかる公的規制/監督の構図
(1) 私立学校法、私学助成法と補助金適正化法による私学補助金規制/監督
(2) 会計検査院などによる私学補助金規制/監督
(3) その他の私学補助金規制/調査
(4) 納税者による法的統制の可能性
V 私立大学運営と税制上の措置と課題
1 現行の学校法人に対する主な税制上の支援措置
2 学校法人、ステークホールダーへの所得課税上の支援措置強化の課題
3 税制における国公立・私立イコールフティング(競争条件の均等化)の課題
4 寄附金税制のあり方
5 消費課税上の支援措置の見直し~ゼロ税率採用の是非
6 資産課税上の支援措置の適正化
VI 機関補助から利用者補助への転換を問う
1 機関補助から教育バウチャーへの転換を検証する
2 アメリカでの大学教育バウチャーへの転換実例
(1) コロラド州の大学教育利用者支援制度の対象となる大学
(2) コロラド州の大学教育利用者支援制度のあらまし
(3) COF奨学給付額の推移
(4) COF奨学給付制度導入時の在籍者への調整措置
(5) コロラド州の大学教育利用者支援手続のあらまし
(6) コロラド州が利用者補助の仕組みに転換した背景
(7) 州内の公立大学を「企業体」に指定することの意味
(8) 州内の公立大学が「企業体」指定を受けた場合の影響
3 わが国での大学教育バウチャーへの転換イメージ
4 大学教育バウチャーへの評価
むすび