石村耕治 著 二重課税とは何か
「二重課税」とは多義的な不確定概念である。インターネットの出現により、これまでの国境の存在を前提とした「現実空間」取引にかかる二重課税の概念が、急激に陳腐化してきていることは否定できない事実である。インターネットとパソコンで結ばれる国境(州境)の存在を前提としないあるいは国境(州境)越えの「電脳空間」取引全盛の時代を迎え、新たな二重課税の概念を構築する必要性も増してきている。
そもそも電子商取引には課税すべきなのかどうかが問われている。「課税なければ、二重課税も発生しない」からである。また、電子商取引にかかる税源は、各国が分捕り合戦を繰り広げるのではなく、超国家的な課税(supernational taxation)を実施し、いわゆる「国際連帯税(global tax fund)」としてプールしシェアしあうべきであるとする主張もある。こうした主張に従うと、電子商取引にかかる税源は、二重課税の対応的調整/排除というよりも、「国家間配分(intercountry distribution)」が重い課題になる。
また、二重課税を比較法的精査する場合、日本のような単一国家の場合と、アメリカのような連邦国家、さらにはEU(欧州連合)のような国家連合体との間には統治機構の仕組みに大きな差異があり、この点を捨象して考察するのは、不完全な分析にならざるを得ないことに留意すべきである。加えて、実定税法の枠内で議論される二重課税と、学問上ないし財政学で議論される二重課税の概念は必ずしも同一ではないことも織り込んで考える必要がある。
近年、わが国では、二重課税を理由とした税務訴訟が散見されるようになってきている。しかし、司法も、行政も、そして納税者も、そもそも〝二重課税とは何か〟についてさほど深く踏み込むことなく、審理が展開され、判決というかたちで公定解釈を確立させてきている。ただ、国民・納税者が納得できる概念を定立したうえで的確な裁断が下されなければ、いわゆる〝言葉の遊び〟が闊歩することにもなりかねない。
二重課税についての法解釈のあり方も問われている。二重課税に対応する実定規定がないのにもかかわらず、二重課税にあたる処分を受けた納税者が、争訟において救済を求めたとする。この場合、行政(不服審査機関)や司法(裁判所)は、課税要件法定主義を尊重し、かつ、伝統的な税法解釈〔文理解釈(literal interpretation)〕に基づき裁断すべきなのであろうか。あるいは、課税要件法定主義よりも〝公平な税負担(equity in tax)〟を優先させる見地から、司法積極主義ないし目的論的税法解釈論を展開し、当該処分を裁断すべきなのであろうか。
これまで、「租税回避」については多角的に検証されてきている。一方、「二重課税」についてはさほど真摯な検証がされず、いまだ課題が山積している。事例によっては、「租税回避」と「二重課税」とを表裏一体で精査する必要性が高い。それにもかかわらず、個別に検討され、整合性のない裁断が下されている。「租税回避」と「二重課税」とを表裏一体で検証を重ねる必要性が高い。
《論文内容目次》
◆はじめに
I 二重課税の所在と対応的調整/排除を必要とする根拠
1 二重課税の対応的調整/排除を必要とする根拠
2 税法解釈論の展開と二重課税にあたる不利益処分事案の所在
(1)わが国における二重課税にあたる不利益処分とその法的効果
(2)税法解釈についての国際比較
①わが国における伝統的な税法解釈論
②英米における伝統的な税法解釈論
(3) 目的論解釈に傾斜する現代司法
①司法積極主義と目的論的解釈論の展開
②わが国における目的論的税法解釈論の展開
II 国内二重課税の類型と対応的調整/排除策
1 発生原因から見た国内二重課税の類型
2 多重賦課と対応的調整/排除策の是非
III 法的二重課税と経済的二重課税とは
1 経済的二重課税における法人擬制説と法人実在説の立ち位置
(1)アメリカ連邦税制における経済的二重課税の考え方
(2)わが所得課税における経済的二重課税の考え方
2 事業体の法形式の選択にかかる二重課税問題の所在
(1)パススルー課税と導管課税
(2)わが国における「みなし個人」課税制度の是非
①わが国での〝法人〟概念
②国税課税関係における「ハイブリッジ事業体」とは何か
(3)経済的二重課税か、租税回避か
(4)所得課税にかかる限界事例か、消費課税にかかる限界事例か
3 事業体の法形式の選択にかかる限界事例の分析
(1)アメリカにおけるパススルー課税とは
①パススルー課税の選択適用のある法人の比較
②S法人適格の審査制度から届出制度への転換
③C法人からS法人への転換に伴う二重課税回避防止措置
(2)ハイブリッド事業体に対するパススルー課税の適否
①LLC形態のハイブリッド事業体に対する所得課税面での二重課税が争われた事例
②LPS形態のハイブリッド事業体に対する所得課税面での二重課税が争われた事例
③問われる法人格の有無に傾斜して所得課税取扱を決めるルール
④外国パススルー事業体への投資にかかるもう一つの国際二重課税問題
(3)任意組合と組合員にかかる二重課税事例
①任意組合と組合員にかかる所得課税面での二重課税事例
②任意組合と組合員にかかる消費課税面での二重課税事例
3 留保金課税は経済的二重課税か
(1)わが国の特定同族会社に対する留保金課税
(2)アメリカの留保金課税
(3)アメリカのS法人に対する含み利得課税~二重課税回避防止課税
①含み利得課税制度のねらいは「二重課税回避防止課税」
②含み利得課税制度導入の背景
③含み損益の認識の時期
(4)アメリカのパートナーシップに対する含み利得課税回避対応策
IV 国際二重課税の類型と対応的調整/排除策
1 国際二重課税への対応的調整/排除策
(1)伝統的な国際二重課税への対応的調整/排除策
(2)電子商取引にかかる国際二重課税への対応的調整/対応策の必要性
①典型的な電子商取引/ネット取引の類型
②有形資産の国際電子商取引にかかるアマゾン事案の分析
(3)国際電子商取引にかかる「所得課税」と二重課税の排除
①国際機関OECDでの検討
②連邦国家アメリカでの動向
(4)国際電子商取引にかかる「消費課税」と二重課税の排除
①国際機関OECDの基本方針
②国家連合体EUの基本方針
③単一国家イギリスでの2002年EU/VAT指令の施行
2 連邦国家アメリカでの州際二重課税への対応策
(1)アメリカにおける「消費課税」法制の現状
①売上税と使用税とは何か
②州外小売事業者への消費課税と州内での物理的存在の有無
③アメリカにおけるサービスにかかる消費課税
④ネット配信サービスを通じた取引にかかる消費課税
(2)アメリカでの電子商取引にかかる消費課税の適正化の動き
①実施された電子商取引にかかる消費課税の適正化策
②連邦のインターネット・アクセス料への課税禁止法の所在
(3)連邦法先占の法理とは
(4)〝アマゾン課税〟をめぐる訴訟の分析
①ニューヨーク州のアマゾン税法をめぐる訴訟の分析
②イリノイ州の〝アマゾン税法〟 をめぐる訴訟の分析
(5)連邦市場公正法の所在
(6)巨大ネット通販小売事業者アマゾンの変節
3 単一国家日本での対応策
(1)わが国での国際電子商取引課税のあり方
(2)無体財産/無形資産の電子商取引への課税の適正化
(3)実効的な徴税は未知数
◆むすび