石村耕治 著 米の営利非営利ハイブリッド事業体をめぐる会社法と税法上の論点
《論文の概要》
金銭その他の財産を拠出するかたちで社会貢献活動を行おうとする場合、それらを拠出するビークル(vehicle)としては、従来から一般に第三セクターに位置する非営利/公益団体(non-profit charitableorganizations)が選ばれてきた。これは、わが国はもちろんのことアメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)などにおいても同様である。非営利/公益団体は、剰余金の分配を目的としない非分配事業体(non-distribution entity)である。ひとくちに非営利/公益団体といっても、人格のない非営利社団(unincorporated non-profit association)、公益信託(charitable trust)、非営利/公益法人(non-profit charitable corporations)などさまざまな類型がある。
非営利/公益団体は、第三セクターで伝統を重ねてきた存在感や信頼性などから、金銭その他の財産を拠出し社会貢献活動をする際のビークルとして根強い人気がある。また、非営利/公益団体が選ばれる背景には、非営利/公益団体に対する税法上の手厚い支援措置の存在がある。しかし、非営利/公益団体は、非持分事業体であることから、活動資金の調達にエクイティキャピタルを活用できない。もっと市場機能や効率性を重視し、持分/株式発行などエクイティキャピタルの手法を駆使して営利事業活動を行い、その果実の全部または一部を社会貢献目的に費消、活用できる事業体/ビークルの法制を整備しようという動きがグローバルな広がりを見せている。
こうした動きは、とりわけ市場主義経済を先導するアメリカにおいて加速している。しかし、アメリカの営利会社(営利事業会社/for-profit business corporation )経営においては、伝統的にコモンロー/判例法で確立された不文の「株主利益至上主義(shareholder primacy principle)」または「株主利益極大化主義(profit maximization principle)」(以下、双方を一括して「株主利益至上主義」ともいう。)が支配する法環境にある。このため、エクイティキャピタルを原資に営利会社を活用して社会貢献活動または非営利/公益活動をするには、これら伝統的な営利会社法上の不文の法理への気遣いが必要になる。場合によっては、会社経営陣が信任義務(fiduciary duties)を問われる可能性も出てくるからである。
規範性を重んじる会社法や税法の硬直的な考え方は、市場機能や効率性を優先するソーシャルビジネス(社会貢献事業)の立上げに意欲的な社会起業家(social entrepreneurs)、さらにはや社会的責任ポートフォリオ投資(SRI=socially responsible investment)を望む社会投資家(social investors)、の現実のデマンド(demands)に真摯に応えていないとの声もある。(ちなみに、連邦国家であるアメリカにおいては、各州は、州法で会社法や非営利・公益法人法など私法を自在にデザインできる。単一国家である日本とは異なる。)
社会投資家の要望に応えようということで、アメリカ諸州においては、伝統的な非営利/公益 団体や営利会社とは異なる、あるいは双方の特性を生かしたともいえる、社会貢献事業の受け皿となる新たなビークルを法認してきている。営利事業と非営利/公益活動(社会貢献事業)を「ツー・イン・ワン(two in one)」で行うことができるようなビークルの法制化をすすめてきている。社会起業家が、エクイティキャピタルの手法を駆使して営利事業活動を行い、その果実の全部または一部を効率的に社会貢献事業に費消、活用できるようにしようというわけである。こうした新たなビークルは、一般に「営利/非営利ハイブリッド事業体(for-profit/not-for-profit hybrid entity)」(以下、たんに「ハイブリッド事業体」ともいう。)と呼ばれる。「社会的営利会社(social primacy company)」、「社会的企業(social enterprise)」という呼び名も使われている。
諸州が法認した新たなハイブリッドなビークルは大きく三つの分けることができる。一つは、合同会社(LLC=limited liability company)の仕組みを応用した営利/非営利ハイブリッド事業体、例えば「低収益合同会社(L3C=low profit limited liability company)」を法認する州である。一般に、L3Cは、助成財団/基金(非事業型の私立財団/private foundation)から出資を仰ぎたい場合に使われるビークルである。二つ目は、「社会益増進会社(B会社/B corporation=benefit corporation)」である。そして、三つ目は、社会目的会社(SPC=social purpose corporation)である。
ちなみに、アメリカ諸州の合同会社(LLC)は、連邦法人所得課税取扱上、S法人(S corporation=small business corporation/小規模事業会社)特例課税(以下「S法人」という。)制度としてパススルー課税(pass-through taxation)【法人事業体の段階では課税されず、損益は配賦(パススルー)ができ、構成員/社員課税】の選択ができるようにデザインされている(内国歳入法典/IRC 1363条a項)。この結果、経済的二重課税を避けられる。日本の合同会社法制や税制では、法人と構成員との双方に経済的二重課税が行われるが、アメリカ法制や税制では、日本とは異なり、経済的二重課税が避けられる仕組みになっている。
本論文においては、アメリカ法に傾斜するかたちで、まず、伝統的な非営利/公益法人の法制と税制を概観している。その後、アメリカの実業界で広がる合同会社(LLC)選択と連邦税法上の課税取扱について点検している。続いて、B会社や社会目的会社(SPC)のような諸州の新たな営利/非営利ハイブリッド事業体法制を類型別に点検し、その特徴を浮き彫りにする作業を行っている。その後、営利会社が社会貢献活動を行う場合に消極的に作用する会社法上の不文の法理や州会社法による対応、伝統的な非営利/公益団体に対する課税除外適格とリンケージした連邦税法上の分配禁止原則などについて分析している。
《論文内容目次》
◆はじめに~社会貢献活動のための事業体選択の現状
I アメリカ諸州における営利/非営利ハイブリッド事業体法制の展開
1 社会貢献活動のビークルとしての「営利事業体」と「非営利事業体」の所在
2 アメリカの伝統的な非営利/公益団体法制の構造
(1)模範非営利法人法(MNCA)とは
(2)諸州の非営利法人法制
(3)連邦税法(IRC)による非営利/公益団体の標準化
3 アメリカの会社制度の多様化:LLC/L3C、B会社、SPC
(1)起業における合同会社(LLC)の選択拡大の現状
(2)C法人(株式会社)のS法人(パススルー課税)選択とは
(3)S法人適格の審査制度から届出制度への転換
4 社会起業家からみたハイブリッド事業体の法制と税制のあり方
5 諸州の営利/非営利ハイブリッド事業体の類型とその概要
II 営利会社の社会貢献活動をめぐる会社法と税法上の理論的課題
1 営利会社の社会貢献活動と株主利益至上主義の変容
(1)アメリカ会社法上の株主利益至上主義とは何か
(2)会社関係人利害考量法に基づく社会的目的を持った経営判断の是非
2 社会的営利会社とは何か~株主利益至上主義への挑戦
3 税法上の「私的流用禁止原則」、「私的利益増進禁止原則」とは何か
(1)税法上の「非営利/公益」要件
(2)「非営利」形態の濫用統制
(3)「私的流用」判定要素
(4)社会的営利会社と連邦税法令上のPIDとPBDの所在
(5)課税除外適格のある非営利合同会社(non-profit LLC)の可能性
◆むすびにかえて~社会貢献活動へのエクイティキャピタル活用の法的課題